3歳の周作とその父、幼い周作の面倒を見た村瀬、周作の母。どこにでも有りそうな家族を巡る、ある物語。誰も悪人じゃないのに・・・
3.周作の父親
愛した相手と結婚し、家庭を持ち、子供を授かり、仕事に忙殺される父親。
息子(周作)は少し育ちにくい子供だった。僅かに幼稚園での集団行動が取りにくく、言葉が遅い。野菜が嫌いで夜泣きをする。
父親は時間が経てば追いつくからというが、母親は若干育児ノイローゼ気味である。
夜、家に帰る前に焼き鳥屋で一杯だけ飲まないと家に帰れない。
家に帰りたくないのだ。
家では、3歳の周作がニンジンを食べられないと泣く前で、妻はこれを食べないと二人で死ぬのだと目を吊り上げている。
そんな生活の中、妻は実家の両親の介護の為、周作と夫を残して家を出てしまう。
プールで周作を3時間も忘れて寝こけてしまう父親。
彼は心底疲れていた。
そんな時、周作の面倒を見てくれる大学生(皆瀬)に頼ってしまっても、父親を責めることができるだろうか。
彼は思う。
なぜ妻とはこのように暮らせないのだろうか?
妻は育児を放棄してしまっているし、自分は浮気をしているわけでもない。
罪悪感を持ついわれはない。
でも、妻を殺してしまった。かつて愛して、今だって憎んでいるわけでは無い妻を。
そして、その罪を村瀬に被せて暮らしていた。
周作の為に・・。
やはり、この物語は、どこかで出会っている自分の物語りだ。
今、これを書いている自分が、誰も殺さず、詐欺もせずに生きているのは、ほとんど偶然の神の恩寵としか言いようもない。
周作の父親も母親に殺意を持っていたわけではない。
かつて愛して、子供を授かった相手である。
もしかしたら、その瞬間だって、どこかで愛していたかもしれない。
ほんの偶然の行き違いが人生を決める。
その恐ろしさに、ちょっとおののく。
最後までお読みいただきありがとうございました。