高齢になってくると、終の棲家の事が気になってくる。
姉の友人は75歳。
今迄は家族で住んでいた貸家だったが、子供たちは自立してご主人も亡くなった。
その貸家が道路拡張に引っ掛かり、市営住宅を斡旋してくれるという。
月額8000円、死ぬまで居住可能だという。
立ち退き料も出るという。
月額8000円ならば、そこに住んでいるのが一番だと噂する。
家を1軒構えているのは、何かと物入りだ。
高齢者の転居は難しい。
だって、もしもの事が起きると大変なので、民間ではなかなか貸してくれない。
では、市営住宅はと言っても、右から左に「どうぞ」とは言ってくれない。
でも、何処かに住まなくてはいけないしね。
最近は、誰も住んでいないのだな・・と思う家があちこちに見られる。
一人暮らしの高齢者が施設にでも入ったがか、生きている内は家を処分できなくているという様子だ。
草が生え茂り、家が可哀そうだ。
見る見るうちに家も老化していく。
住んでこその家である。
自分もどうしようと考える。
姉が湯布院に行きたいという。
宿を探していいるうちに「山荘 無量塔」という宿を見つけた。
見つけたと言っても、とても泊まれる宿ではないが、今はブログなどで中の様子を伺える。
そして、知らないという事は大変だなと思う。
何が??
空間の感覚が。
見る事、知る事、感じる事が大事だなと思う。
だって、私は大学で建築を専攻したが、殆ど名建築なんて知らなかった。
田舎の田舎の貧乏な女の子だったからね。
もっと、もっと色んな建築を見て歩くんだったな。
今更遅いけれどね。
最後までお読みいただきありがとうございました。