朝は寒くって、もう勤めに出るのは嫌だとか思いながら車に乗る。
でも山は綺麗だ。
少し走ると、大きな月も浮かんでいた。
昨夜はチビ娘から久しぶりに電話が入る。
「あのね~~」
暮れに送った「ドーナッツを食べるのに、お姉ちゃんと喧嘩になってしまうので、送って頂戴」とのこと。
20個送ったのだよ。それを喧嘩してたべるかねぇ。
そのドーナッツはこんなもの。
1個110円の田舎の安いお菓子だ。
まぁ、昔から美味しいドーナッツでは有るけれどね。
だから今日は「これでどうだ!」と言う意味で30個送った。
ついでに自分にも1つ買って久しぶりに食べてみた。
中身はこし餡。
見た目ほど脂っぽくなくて美味しい。
きっとチビ娘は、ドーナッツが着いたら、すぐお友達に持っていくのだろう。
仲良くしてお貰い。
例え110円のお菓子でも買えるのは幸せだ。
昨日のベトナム人のリンさんは実習生で手取り15万円という。
それで来日のための借金150万円を払い、多分実家に仕送りもしているのだろう。
働かなければ借金しか残らない。食費を切り詰めて働いて、多分産婦人科にもかかっていなかったのだろう。
さぞ心細く、どうして良いか迷うばかりだったろう。
同性だからね、身につまされる。
やはり私はお金も力も欲しい。
そうすれば、リンさんのような女性にシェルターを用意して、子供と生きていかれる道を探してあげられたかもしれない。
そして、同時に、自分の家族に手を差し伸べられるだけのお金と力が欲しい。
今の私は、迷惑をかけずに生きているだけが取り柄の様なものだもの。
そうこう考えていくと、働けるうちは働いて、少しでも倹約して家族を支えるということになる。
昨日のTVでは、国会議員が「国民がお金を使う気分になるような・・」と言っていたが、やはり私は使う気分になっちゃいけないと思ってしまう。
景気をよくするには、国民一人一人がもっとお金を使えば良いというけれど、使えば無くなる。
いざと言うために節約に励むのが不景気の極意だと思うのだ。
多分、自分にお金と力が有れば、いざと言う時に誰かの力になれるかもしれない。
でも、自分が助けてもらおうと思っても、多分それは無理だろう。
何故って、周りの人は皆、自分の生活が一生懸命なんだもの。