中身を確認してからお礼を言いましょう。
我が家のお中元事情です。
毎年、お中元、お歳暮を贈ってくださる方がいます。
お中元は、いつも美味しいお魚の切り身。
でも、我が家はお魚を食べないんです。
姉がお魚の匂いが堪らないと言うんで。
それで、たいがい、どこかの家に味見もしないでお裾分け。
そんなわけで、お中元が着き次第、お礼の電話を入れた。
「いつも美味しいお魚をありがとうございます」
「今年はお魚じゃないのよ。ごめんなさいね。・・」
え~、何と申し上げれば良いか・・・
贈り物のお礼は、中身を見てから言いましょうね。
さて「かむなぎ」を読み始める、
どこが惹かれたかと言うと、ここに出てくる女の子「千尋」が可愛いのだ。
少しづつ主人公「真幸」に懐いていく様が微笑ましい。
「千尋」も主人公の「真幸」も超能力者の家系で、それを駆使して、悪霊や妖怪を祓うのだけれど、そのへんが、ジュニアファンタジー好きの私の趣味に合っている。
妖怪に吸収され、死んでしまった妻子に逢おうとする小野田老人に「千尋」は言う。
死んだ人は身近にいるのだ。そして、思い出してあげなければ消えてしまう。と。
「想い」というのも、一つの思念エネルギーだから、存在はやはり有るんだろう。
例えば、両親などは、私が思い出していれば、その都度思念と言うエネルギーが重ね書きされて残っている。
本もね~、読んでみないとわからない。
当たり外れが結構有るのだ。
そして、外れは最後まで読む気にならない。
もったいないねぇ。
梅雨はじめじめしていて鬱陶しいんだけれど、雨上がりの山は好きだ。
山肌から霧が昇るのも、心地よい。
緑も濃くて目にも鮮やかだ。
ほんの一時の景色で、やはりそこに住んでいる者の特権だろうな。
最後までお読みいただきありがとうございました。