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華寿過ぎて・・・これからの準備

華寿(60歳)を過ぎ、生活苦、節約、貯蓄など、時々生活の楽しみも書いています。

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断捨離の用意

安曇野だより

 今朝の山を見ると、山裾まで白くなっていました。

 この時期に雪なんて・・、車の窓も凍っています。油断していたので家を出るのが遅くなってしまいました。もう少し、もう少し・・と思いながら、遠い~春よ~と歌いそうになってしまいます。

人生最後の断捨離の用意

 祖父母から伝わったもの

 姉と祖父母の家について思い出話をしていた。曾祖父はお茶の嗜みがあり、立花の器や、お茶の道具があったそうだ。姉は祖父母に可愛がられていて、祖母から形見に黒楽の茶碗を貰った。その姉も70代後半だから、その茶碗も100年は経っているかもしれない。その後、代も変わり、家も建て替え、近在一と言われた(それは祖母曰くで、事実はわからないが・・)庭も現代風になってしまった。叔父は花器や茶道具には興味も無かったようで、それらの道具類はアチコチに離散して、残っているのは家系図のみとなった。叔父は子供もいないので、この家系図ごと道具の由緒もなにも分からなくなるのだろうか。鑑定団などを見て、古くからのものが今に伝えられているのは、奇跡に近いと改めて思う。

 両親から伝わったもの

 実家を整理するとき、時間が限られていたので、あっという間にごとごとと焼却施設に運ばれた。家一軒の荷物は凄く、捨てるという作業に疲れ、持ち出したものは自分の身の回りの品を少々と、母の形見の着物を少し、父の形見として鼈甲のカフスボタンを持ち出した。私が作って貰った振袖も持ち出した。この振袖は結局友人の結婚式に1度だけ手を通しただけだ。今更着れないが、もったいなくて捨てられなかった。母が姉妹に1本づつと用意してくれてあった帯も持ってきた。

 私が心を残すもの

 たいした物は無い。僅かなアクセサリー類だが、私が死ねば十束一絡げで、ゴミ箱行きだろう。多少なりとも金を使っているものは捨てるのは惜しい。などと思うが、若い人は趣味も違うし、金だとわからず、捨ててしまうかもしれない。

 祖父母や母の形見にしても、若い人達にお茶の嗜みがある人もいないし、着物を着るような人もいない。結局興味の無いものは、一生懸命大切に持っていても、ある瞬間、その人が故人になった瞬間、がっとゴミになってしまうのだろう。自分が片つけるか、他人が片つけるかの違いだ。

 

うき世櫛

うき世櫛

 

 この本では母親から受け継いだ鼈甲の櫛を、孫娘に伝えていくという話がある。櫛は女性が手元における高価な財産で、必要な時には換金できる。今ならそんな物が有るだろうか。置いていくなら、金の延べ棒にしてくれと言われそうだ。

 断捨離しきれない物は誰に残すかという課題

 金額が付けられるものでは無いが、捨てきれないもの、それを誰に残すか、いつ残すかが大きな問題だ。残された人は趣味じゃない物を置いて行かれて迷惑だと思うだけかもしれない。しかし、本人は捨てきれないのだから、どうしようもない。これからは、一つづつ、手放していく心を養っていくこととしよう。

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