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華寿過ぎて・・・これからの準備

華寿(60歳)を過ぎ、生活苦、節約、貯蓄など、時々生活の楽しみも書いています。

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オーストラリアからの手紙

安曇野だより

 お彼岸でお墓参りです。友人は命日には必ずお参りと言っていましたが、我が家はお彼岸とお盆だけ。親不孝な娘です。この辺では春彼岸はお墓参りしますが、秋彼岸は出かけません。彼岸の人達が呼ぶと言われています。ちょっと移動するだけで、風習が随分違います。

 

オーストラリアからの手紙

 半年ぶりにメールが届く。ネパールの女性からだ。私が10年間学費援助をした女性である。そういうと大げさな。日本では、ほんの子供のお小遣い程度である。なぜネパールかといえば、当時曽野綾子さんが出されていた本「神様、それをお望みですか」だったと思うが、邦人海外宣教師の活動を書いた本に、ネパールの大木神父様の話が載っていた。そこに、両親に幼くして捨てられた子供の話があり、それにとても心が揺す振られたのだ。私は当時、自分に自信を無くしていたのだが、無意識にこの世に未練も感じているらしく、何とか自分を必要としてくれる場所を探していたらしい。そこで、有る方を通じて、ネパールの少女の学費援助をすることにした。当時、日本に比べてネパールの物価は低く、私が出せる僅かな金額では日本では子供のお小遣いにもならないが、ネパールでは高校の学費となった。その後、彼女が大学に進学するにあたり、私の生活も落ち着いてきた事から多少増額して送金してきた。思えば、もう10年になる。ネパールの国の事情は難しい所があり、若者の職場が限られている、就職もコネや賄賂、カーストが複雑に影響しているようだ。彼女は優秀な成績で大学を卒業し、日本への留学を希望していたが、狭き門に阻まれて何年か過ごしていた。留学先を日本だけではなく、他国にほ目を向けた方が良いのではないかと思ったが、何故か拘っていた。卒業後、ある研究施設に勤めたが、日本円で5000円程度の給与で生活は大変そうだった。元気ではあるが、忙しいというメールが届いたのが半年程前だったろうか。少女もいつのまにか二十歳を過ぎ、ネパールでは結婚適齢期に突入したが、周囲からの結婚の勧めにも、変わらず留学の道をさがしていた。私も、ネパールという国内より、海外の方が彼女の才能を活躍できるのではないかと思っていた。

 そして、最後のメールから半年後の昨日、今オーストラリアに来て2週間になります。奨学金を貰っています。という便りが届いた。

 慎ましく、真面目に、一生懸命生きてきた少女が、漸く新しい天地に出る事ができた。幸いあれと祈らずにはいられない。

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