華寿過ぎて・・・これからの準備

華寿(70歳)を過ぎた独身女性、子供の無い不安、生活苦、節約、貯蓄など、時々生活の楽しみも書いています。

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「いつまで生きているつもりだ」という言葉に感じるザラつき

なぜ心がザラつくのか。

 

それは自分をすでに高齢者と自覚していて、自分にも投げかけられた言葉だと感じているらしい。そして、その後に言われていない言葉「早く・・・・」を連想するのだ。

別に生きていたかぁ無いが、あんたにそう言われる筋も無いと思う反発。

 

そして、それがわかれば悩まないと言いたい。明日寿命が尽きると言われれば、有り金すべてパッと使ってやる。

しかし、もし長生きしてしまったら国は面倒見てくれるのか・・。年金は物価変動と言い、40年も納付させ、いざとなれば物価連動ー1%のカットをする。

誰か「100年安心・・」とか言っていたけど、数年で「神のみぞ知る・・」なんてセリフを言った大臣がいたっけ。

 

それを「サギ」とは言わず「新しい判断」という。なんとご立派な説明か。

 

無い金は使えない。もしものために少しは貯めておきたいと思うのは人情というものだ。それを正面から否定されることに対する苛立ちがある。

 

もちろん彼の発言が高齢者を冒とくするものでは無く、高齢者は死ぬ前が一番金持ちであるし、使わないお金は無いのと同じだから、内需のためにも貯めないで使えという意味だとは知っている。

しかし、金の無いのは首の無いのと同じ。少しでも貯金しろ、災いも3年、物は捨てずに大事に使えと育てられ、今もそれは間違っているとは思わない。

何故なら、「風と共に去りぬ」でレット・バトラーが言うように、お金は殆どの物を代用できるからだ。そして、今はまだ来ない「もしも・・」の時への備えである。

 

確かに数億も数百億ものお金を残す必要は無いだろう。

そして、彼の発言はそんな資産を持った高齢者達に向けられたものだろう。

しかし、単身高齢女性の半数が貧困と言われる中、多分その一人になるであろう私も、高齢者という一括りの中で自分に向けられたと勘違いして反応してしまうのだ。

お金を持っていない高齢者なんて、彼の目には入っていなかったのに・・

だから当然、私のような預金も財産も無い人間に向けられた言葉では無かったから、心をザラつかせることも無かったのだ。

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